立ちションする文明人 / 鎮江エレジー⑥

そして翌日。

なんとか早起きをし、僕は颯爽と鎮江のオールドシティへと飛び出していった。
朝靄のかかる新鮮な空気の中、吐く息はちょっとニンニク臭かったかもしれん。
大八車に練炭を乗せた荷役夫が通り過ぎる。
大陸の朝だな。牛乳屋さんもいる。

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そういった朝にしか見れない風景を楽しんでいるうちに、朝市をやっているエリアに到着した。
タマゴに精肉にイチゴ売り、野菜や魚など、食べ物ならなんでもそろう。集団がワイワイやっておるぞ。

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トラックにショウガを山積みにしたおじさんもいた。
あんなにショウガを詰め込んで、ショーガネーだろっていう感じだ。
イチゴを物色し、その隣のネギ(葱)屋を観察してみると、なつかしの人民解放軍愛用のオーバーを着用している男がいた。
モーレツに厚くて重い、カーキ色のあのコートだ。

あのコート、僕も1着欲しいのだが、もう上海のどこを探しても売っていない。
観光客用に豫園あたりで、耳あてのついた雷峰帽や人民帽が売られているのを見つけるのがせいぜいである。

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背後には長く続く塀があり、社会主義のプロパガンダ用に書いたスローガンが、2012年当時は健在であった(今はもうない)。
だいたいが○×奮闘とか△○幸福などと書かれていて、この塀にも文明的な生活とはどうあるべきかなどといった事が訴えられていた。

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すると葱屋解放軍のおじさんは、山積みのショウガを背にしながら、向こう正面の塀までスタスタと歩いて行き、こともあろうか、そこで立小便をはじめてしまったのだ。
しかも、「文明人」の「人」の前での、堂々とした立ちションである。
これは無意識なのか、あるいは挑戦的な行動なのか・・

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僕的には、これぞ「模範的人民であり」「この葱商人を見習え」と言いたくもなり、慌ててシャッターを切る。
おじさんも得意けであった。

しかしその脇から、「小便している人の写真なんかとって、何がおもしろいの!」 と、ブツブツ文句言っている共産党員風のメガネ奥様が通過。
「我が国にはもっといいものがあるのに、こんな所で立ちションしているネギ売りの写真なんか撮って・・」と眉間に皺を寄せて言い放つ。

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ちょっと怒られてしまったが、僕の見たい中国は、アナタが見せたい中国とはちょっと違うということだ。

おそらく、国家的なお勧め、メガネ奥様のお勧めは、きれいな庭園であったり、修復に修復を重ねた寺院だろうが、僕は目の前にそれらがあっても、間違いなく関心を示さないだろう。

僕の関心は。。ニーハオトイレであったり、アヘン窟の老婆であったり、立ちションする文明人であったりするのだ。
4千年の歴史というのはそういう物なのだ。

と言いたいが、こんな風に文字にすると、ただの頭のおかしいオヤジなんじゃないの?と思われてしまうかもしれない。

なんというか、「我」を出すのが中国らしいところと言えるかもしれん。

中国において、とにかくアドリブで街歩きしていると、けっこうな確率でハプニングに出会ってしまう。
時には予定通りに事が運ばず、怒り狂う旅人や、悪口へと突き進む旅行者もいるかもしれんが、僕はそれが中国の旅の良さだと思う。

予測できない事態が発生する度というグラフがあれば、けっこういい数字を伸ばしてくれると思うんだけどなぁ。この中国。

僕はそう思いながら、市場の群衆に紛れるように身を隠した。
こんなローカルな場所でニタニタ笑いながらカメラぶら下げていると、頭のイカレタおっさんかと思われてしまうだろう。
目だたないように群衆に溶け込んでいた方に、越したことはない。

先ほど買ったイチゴを口に運ぶ。
色の割には味のしないダメなイチゴだった。
着色料でも塗っているんだろうか?見た目で騙されてしまったな。
それでもイチゴいちえ(一期一会)と言うくらいではないか。
やはりこの場に来ないとわからない事が多く、それを見つける楽しみに、勝るものはない。

訳わからなくなってきたところで、僕はホテルへと引き上げることにした。

ー続くー

*この鎮江エレジーは、2012年3月と2015年8月の体験をひとつにまとめて記事にしております。


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不法屋台のお味は・・/ 鎮江エレジー⑤

鎮江の魅力はそればかりではない。
高速鉄道が乗り入れしている駅前広場でも、ちょっとしたドタバタ劇は繰り広げられていた。

鎮江駅には南口と北口があり、北口は旧市街に通じている。
ということは北口にこそ。おもしろい事が待っているというのが中国のお決まりであるが、高速鉄道開通後はやはりなんでもアリみたいな無政府状態は、国家が許さないようだ。
広場は完璧な秩序が保たれ、犬一匹入れないような体制が整っていた・・

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と思いきや、犬ではなく、ヨレヨレの作業着を着たオバサン1名が、屋台を担いで場内に入り込んでくるではないか。
それに触発されるような形でおっさん屋台も強引に入場。
やはり、公安の目を盗んで、懲りずに何度注意されても同じことをやってしまうルール違反は、この地にもちゃっかりいるようである。

僕もこれから町方面に移動しなくてはならないし、移動の最中で腹が減ることも予想される。
それならばまずはその怪しいオバさん屋台で、鎮江の洗礼を浴びてから町中に向かいたいと願った。

どんな料理屋なのかと期待したが、大した物はあらず、ワンタン面とあと数点の軽食のみであった。
仕方がない。ワンタンとゆで卵をいただく。

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僕はあまり衛生面は気にしない。
しかし気になる方もいると思うので説明すると、ドンブリや箸は簡単に拭いておしまいであった。
水が貴重なため、バシャバシャ洗ったりすることができないのだ。
それならば、箸は割りばし、ドンブリもプラスチックの使い捨てにしたらどうだとなるが、箸は割りばしでいいとしても、器はやはり料理をおいしく食べる脇役でもあると思うため、僕的には使い捨ての方こそ遠慮したい。

いろんな傾向があると思うが、路地裏愛好者としては、こういった屋台の儀礼に対し、深く相手を尊重する。

それでこのオバサン、僕が「この店のワンタンはうまい」と社交辞令も兼ねて告げてみたら、たいそう喜び、大声で隣の同業者に吹聴しまくったり、うまい理由をワンワン説明したりと、かなりのおしゃべりであった。

1枚しか写真を撮らなかったので、そこからこのオバサンの人間性を想像するのは難しいかもしれないが、商売っ気があり過ぎたり、かなり強引な部分も見受けられたが、往々にしてそういった人こそ人情味があるというのが世の常である。
日本人だって同じだろう。

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実際、屋台の前で止まろうもんなら、絶対客を逃がさないという根性は素晴らしい物があった。
僕もある意味見習いたいし、知ってしまえば本当にやさしく、最後まで強引ではあるが、それがまた楽しかった。

それでその飲食中に公安パトカーが迫ってきて、「貴様らは完全に・・・」と撤去命令が下されたが、オバさんはというと、「この人が食べ終わるまでは待ってください!」と完全な泣き落としで対抗していた。

そんな泣き言を平気で聞いてしまう公安も公安だが、こういった警らはパフォーマンス的な要素もあるため、僕が楊枝で歯に挟まったワンタンの皮をシゴシゴするまで、彼らはじっと車内で待っていてくれた。
しかも「旧市街に行くにはどうしたらいいんですか?」という道聞きにまで応じるとは・・

「公安兄ちゃんよ、人が好過ぎるぞ!」



話はそれで終わらない。
翌日鎮江を去る際、同じようにオバちゃん屋台を通り過ぎたら、しっかりと僕を追っかけて来た。
別れの挨拶か・・と思いきや、「梅肉饅頭、食べない?」だってさ。

2元也。チーン

*演出のため、それ以外の鎮江屋台で撮った写真も載せてしまいました。ご了解ください。

*この鎮江エレジーは、2012年3月と2015年8月の体験をひとつにまとめて記事にしております。


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アヘン窟の老婆/ 鎮江エレジー④

100年前の迷宮を、僕は迷うように歩いた。
繰り返すが鎮江には2度ほど通っており、1度目は2012年春。2度目は2015年夏である。

1番目の時に、僕はある人物に出会った。
その話が以下である。
昔の旅を紐解くことになるが、この100年迷宮、現実と記憶を混乱させるのはお手の物のようである。

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陽も傾き始めた。
住民も洗濯物をとりこんだり、練炭に火をおこしはじめる。
気分は清朝末期、溥儀の世界である。

そんな世界に迷い込み、不思議な気分に浸っていた僕を歓迎するかのように、タバコを咥えて動かない老婆が、視界に飛び込んできた。
なんと不思議な老婆なのだろう。僕は最初は遠巻きに、そしてこの老人が何者なのかを観察していたのだが、それはあまりにも清朝末期をイメージさせる姿であった。



老婆は道端でタバコをプカプカふかしているだけなのだが、視線が定まらない上に、ニタニタとうす笑いを浮かべながら足踏みを続けている。
その姿、まさに「アヘン窟の老婆」とでも呼ぶしかない。

通常はカメラを向けると不快感を示すなど、なにかしらの反応があるとうものだが、この老婆はそのカメラという物にまったく関心がない。
僕は最初のうちこそ遠巻きにシャッターを切っていたが、しまいには近距離でレンズを向けたり、こともあろうか一緒に記念撮影したりして、大騒ぎをするに至ってしまった。

ご近所のおばさん連中も、なんで隣の婆さんと外国人が一緒にいるのだろうと、不思議そうな顔をしていたが、老婆は終始不敵な笑みを浮かべ、やはりタバコを吸ったまま動こうとしない。

老婆が暮らす長屋の奥は、暗くてよく見えないものの、家の小さな玄関前では、練炭でヤカンにお湯を沸かしていた。



奥はアヘン窟になっているのだろうと想像してみたが、現実に考えてみればあり得ない話だ。
今は清朝ではないのだ。
まぁあまり失礼の無いようこれくらいにして、丁寧にお礼を言いその場を立ち去ることにした。

もうちょっと粘って次の展開に期待し、家の中に招いてもらえるようにすればよかったと、後悔ばかりが今に残る。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

そして3年後の2015年夏。僕は同じ場所に来た。
しかし老婆はいなかった。

そのかわり、数日前に結婚式がこの付近であったらしく、爆竹の燃えカスが道路脇に落ちていた。

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近所の老人に尋ねたところ、老婆はすでに死んでしまったらしい。

なんだか物悲しくなりそうであるが、実際はそんな結末も予想できていた訳だし、ご近所さんも、「あの婆さんなら死んだよ」と、割とあっけなくさらりと答えていたところが、逆に印象となった。

なにしろここの住民はというと、家の中は暗く湿気っているため、寝る以外の生活はほとんど外で過ごしているのではないかと思えるような暮らしをしているのだ。
それでいて大勢が群がって生きているような運命共同体ではなく、迷宮という奇妙な乗り物に便乗したかのような印象である。




そうなると「ドアなしトイレ」というのも、ある意味、見られても見られても見られているのではない、といった感覚なのだろうか。
「文明巷」のスローガンも、文革の嵐が過ぎ去れば、誰もなんとも思わなくなり、日常の風景に溶け込んでしまったかのようである。
考えてみれば、あの看板を見て大騒ぎできるような人間は、そこの住民ではなく、外部の人間でしかありえないだろう。

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家族以外はすべて他人といった関係に陥ったのではなく、逆に運命共同体みたいなムラ社会でもない。
迷宮が100年続いたのは、それなりに訳があるとでも言いたいような、「ドアなしトイレ」にしても「文明巷」にしても、「アヘン窟の老婆」にしても、そんなストレスのない生き方がこの迷宮にはあった。

1度や2度の旅で解ったような事を言うつもりではないが、僕はこの迷宮が100年続く理由に、住民関係には建物と町の構造が深く関わっているのはないかと、なんだか哲学者にでもなったかのようで、ある意味迷宮というのは人を簡単に騙せるのではないかと、いろいろ考えてしまった訳だ。


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100年前の迷路/ 鎮江エレジー③

前回は中国の「ドアなしトイレ」を力説してしまったが、鎮江の本題がトイレでないことは明快である。
今回はそんな「ドアなしトイレ」ではなく、「ドコでもドア」を使ったかのような、鎮江の古い町並みにスポットを当てよう。



僕が通った大西路周辺は、清朝末期や民国時代に造られた平屋もしくは2階建ての家屋が、今でも現役で残っていた。

しかもただ残っているだけではなく、普通の人が普通に暮らしているのが、外部目線で言えばかなり奇妙に映った。
というのは、中国では古鎮と言えば、すでにテーマパーク化しているような時代となっているため、古い町並みには古い町並みにふさわしくない、過剰な開発がされている場合が多いのだ。

しかしこの鎮江の大西路はその真逆で、高速鉄道の停車駅にも関わらず、再開発もまだまだ先のようである。
古鎮として観光地化されている地域は、また別の場所にあったりもした関係で、ここは外部の人間用に整備もされていないのが特徴だ。

ようするに、僕らが一歩その地を踏み入れたならば、時代は100年前の清朝時代にタイムスリップし、まさしく「ドコでもドア」みたいなおいしい状況が約束されているという事である。

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その路地であるが、だいたいが車の入れないくらいの狭さ、おそらく3m幅くらいである。
しかも迷路みたいに曲線を描く道づたいに、同じような作りの家屋が立ち並ぶ。
特徴のないレンガ造りで、窓も小さな家ときてきるため、一度や二度足を踏み入れたくらいでは、おそらく正確に歩くことはできないだろう。
僕も迷うに任せながら歩き、結局振り出しに戻されたりしながら歩くことになったが、やっぱりそれは、心地よい迷い方である。

現代中国が真っすぐでだだっ広い道路を作りたがるのに比べ、歴史中国はその真逆な発想をしていたのはおもしろい。

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通行人はすべて付近の住民なため、どうみてもよそ者にしか見えない人間にとっては、すれ違いざまがやや苦痛ではあったが、相手はそれほど部外者に与える目つきではなかったのが幸いだ。
ここには外部の人間を監視するような意識がないのだろうか?

夜は夜で、数少ない常夜灯に明かりがボーっと灯る程度の明るさである。
夜の暗さは、昼間の空の大きさ明るさとはこれまた真逆で、怖さを演出するに充分であった。
常夜灯に照らされた自分の伸びきった影に怯え、すれ違う外套を着た男の姿にも怯える。
しかし先ほど説明したとおり、外套の男は、僕にはまったく無関心のまま、大股歩きで通り過ぎた。

江戸川乱歩の世界に踏み入れたような感覚である。

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100年の歴史というのを一言で言うのは簡単なことではなく、近代現代中国史を考えれば激動の時代であった訳で、そんな時代を生き抜いてきた町並みには、なにか言いようのない覆われた空気というのが感じられた。

住民にとっては忘れたいであろう文化大革命の時代に造ってしまったスローガンまでもが、撤去されることなく今でも残されていたのには、ただただ驚くばかりである。

「文明巷」と書かれた看板だ。

文革の嵐の中、この地区に住む住民が自己保護のために、ありとあらゆる手を使ってこんなスローガンを造り出してしまったのだろう。

こんな物までもが、いまだに普通に残っている現実。
今どきの中国に、こんな看板が存在していいのだろうか?

僕は大喜びしてしまい、気がついたらその辺にいた男を捉まえ、無理やりカメラのシャッターを押してもらっていたのだった。

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ニーハオトイレに潜入せよ/ 鎮江エレジー②

さて、ここは鎮江。
上海から蘇州、無錫と駆け抜け、南京のひとつ手前の大都市という位置づけを考えれば、古くて静かな町のようである。

中でも古い町並みが続く大西路周辺は圧巻だ。
清朝末期から民国期に建てられた、100年前の住居群が今でも現役で残されてあり、普通の人が普通に暮らしている。
そしてふと立ち止まると、そこにはこのような四文字熟語が僕の目に飛び込んできた。

「公共厠所」

そうなのだ。
今僕はまさに、都市部では失われつつある中国の伝統文化財、もしくは中国の裏世界遺産、はたまたノーベル賞モノである、中国の「公衆便所」に来ているのである。

開発が遅れたためか、今でも城内の至るところに、この「公共厠所」の字を見つけることができた。
その100%すべてが、伝説の「ドアなしタイプ」であるから、もうマニアにはたまらない。



さぁみんな、聞いてくれ。
ここで中国四千年の歴史、「ドアなしトイレ」に潜入してみようではないか!

そう思い、半歩中に入る。ちょっとジメッとした何とも言えない空気が覆う。すでに聖域に入った証だ。
中には大便用の個室が5つ。なかなかの大型店の模様だ。
なんとなく泥棒のように、抜き足差し足忍び足歩行となってしまうが、よく考えてみれば、決して悪い事をしに来た訳ではない。
クソを垂れに来たのだ。
堂々とせんかい!と僕は自分に喝を入れた。

周囲を見回すと、ひとつひとつは個室になっているが、壁は中途半端な高さだ。
馬場さんでなくとも僕だって顔は完全に飛び出してしまう。
そして横の仕切りはドア部分が完全に無くなったような状態である。

要するに、しゃがんでみると、お尻部分は壁で隠れ、その先の半分、胸から顔にかけては外から丸見えになってしまうという構造だ。
田舎に行くと「ドアなし仕切りなし」、「ただの穴しかない」ニーハオトイレも存在するが、ここ鎮江のニーハオは、「ドアなし仕切りあり」といったタイプになる。

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まずはしゃがんでみよう。ん、壁にフックがない。旅行中なのでバッグ持参であるが、フックがないと荷物は抱えながらしゃがまなくてはならないことに気づく。
これだと荷物が大きければ大きいほどたいへんなことになる。
冬でコート着ていたりすると更にたいへんだ。

そんなことを想像しながら用を足していると、おじさんAが通過。
通過の際、僕はただただ、うな垂れてしまった。
この、しゃがんだ体勢というのは、人間は完全に無防備となる。
情けない事この上ない。
ついでに下を覗く。
で、穴はどうなっているかだが、今回のこのトイレは、用水路タイプの「ニーハオトイレ」であった。

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「解説しよう。」

①流れ方:水はある特定の時間になると、用水路の水門が開かれるように、一気にドビャ~っと大きな音と水量でもって流れてくる。
②そのため、毎度毎度自分で流す、いわゆる通常の水洗タイプではないので、先客の汚物が残ってしまっているケースもある。
③できるだけ先客のが残っていない個室を見つけるのが、必勝法である。
もちろん周囲が汚れていないかもチェック対象になる。

そうしているうちにおじさんBが立ち上がった。
ニオイ消しのためか、タバコに火がついている。重要な芳香アイテムだ。

僕もモゾモゾしていると、さきほど解説した放水タイムに差しかかった。
ドビャ~ん。上流から水が流れてくる音が聞こえる。
すると僕の個室よりひとつ上流にあるおじさんBの汚物が僕の股の下を通過。
そして僕の汚物と競争するかのように、下流であるおじさんCの股の下に向かった・・

僕は子どものころ、友人と葉っぱで小舟をつくり、どちらの葉っぱが早いかを用水路で競争したりしたものだが、まさかそれと同じような現象がここで見られるとは思わなかった。
用水路にはところどころ蓋がされており、その蓋のトンネルを通過すると、形勢が逆転されていたりした、あの遊びだ。

ついでなので、鎮江にはもうちょっとプライバシーに気を使ったニーハオや、夜でもちゃんと安心安全に使用できるニーハオもある。その画像も載せておきたい。

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それでは今回の潜入ルポはこれにて終了。再見。

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Author:べぇべぇべぇ
アジア各地で仕入れの仕事をしながら旅を続けてます。

記事は市場や路地裏などを舞台にした、人間ウオッチングが中心になりますので、交通手段や食堂、ホテル、そういった旅の身の回りも登場します。
旅のスタイルは、トレンドとはほど遠い、アナログ的な旅となりますので、参考にならないかもしれません。

街歩きが好きな旅人、大歓迎です。ブログを通じてお互いコミュニケーションが取れればと思ってます。

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